文档内容
絶密*后用前
2014年全国碩士研究生招生考試
日 i 吾
(科目代硝: 203)
考生注意事項
l.答題前,考生碩在試題冊指定位置上填写考生姓名和考生編号;在答題卜指定位
置上填写振考羊位、考生姓名和考生編号,井涼写考生編号信息点和考試科目信
息点。
2.造拝題的答案必須涼写在答題未相庖題号的造項上,非逃拝題的答案必徹井写在
答題ド指定位置的辺桓区域内。超出答題区域廿写的答案尤放;在草稿紙、試題
冊上答題元妓。
3.填団)写部分必須使用黒色字迩笠字箔或者倒箔井写,字迩工整、等迩清楚;涼写部
分必碩使用2B殆竜填涼。
4.考試結束,将答題未和試題冊按規定交回。
二
1|(以|下信|息|考生|必須|汰|真填|写)|||||I.基礎知識(20点)
次の文章を読んで、1(cid:631)2 0の問いに答えなさい。答えは選択肢[A][BJ [CJ [D]からもっとも
適切なものを 1つ選びなさい。
ちょっと古い話になるけれど、このあいだ東京にけっこうたくさん雪が降って、 (1)街が
真っ白になってしまった。いつもジョギングするコースが雪が積もって走れないので、プー
ルに泳ぎに行こうと思って、昼前 (2)車に乗って家を出た。しかしどういうわけかこの日、
僕は (3)三回も間違えて右側車線に入ってしまった。幸い道路は車がほとんどなかったし、
そのたびにはっと思ってすぐに左に戻ったから無事だったけれど、ずいぶん冷や汗をかいた。
僕は長いあいだ日本を離れて暮らしていて、そのあいだずっと車は右側通行だった。だか
らアタマはすっかり右側通行に慣れてしまっている。日本に戻ってきたのが去年の夏で、そ
のときはこっちも緊張しているし、 (4)を握るたびに「いいか、左だぞ、左だぞ」といつも自
分に言い聞かせ、交差点を曲がるたびにまじめに確認していたので、ほとんど間違うことはな
かった。そしてものの 1か月くらいで、体はすっかり左側通行に馴染んでしまい、もう (5)
「左だぞ、左だぞ」と自分に言い聞かせる必要もなくなった。 (6)すっと道路の左側に入るよ
うになった。人間の同化適応能力というのはなかなかたいしたものなんだな、と自分でも感
心したくらしヽだ。
ところがそれからおよそ半年後のある日、もうとっくに失われて葬られていたはずの右側
通行習慣が、何の前触れもなく、突然僕の意識を支配してしまったのである。まるで新月の夜
に、死者がずるずると墓から這い出してくるみたいに。どうしてこんなことが起こったのか、
僕 (7)その理由がぜんぜん理解できなかった。でも泳ぎながら「ああでもない、こうでもな
い」と考えているうちに、はっとあることに (8)。そうだ、雪のせいなんだ、と僕は思わず腿
を打った一もちろん水中で膝は打てないですが。
つまり、僕は雪がしよっちゅう積もっているボストン(波士頓)で何度か冬を送っていたので、
通りの両側に雪が積もっている光景を目にすると、ボストンの街を走っているときの (9)が
ありありとよみがえってきて、それで何も考えずに右側車線に車を乗り入れてしまったので
ある。それは光景の記憶 (10)もたらされた、条件反射的な無意識の行動であったのだ。な
ーるほどね。なんだかヒッチコック(希区何克)の『白い恐怖』みたいな話だ。
でも僕は思うのだけれど、もし僕がこの日に間違えて反対車線に入ったときに、運悪く事故
を起こして突然死んだりしていたら、みんな (11)その本当の原因が理解できなかっただ
ろう。
(1)-(11)に入れるのにもっとも適切なものはどれか。
1. [A]楽しく [B]著しく [CJ珍しく [D]可笑しく
2. [A]に [B]が [C]を [D]で
3. [A]なんと [B]なんとか [C]なんとして [D]なんとしても
4. [A]カップル [B]サンプル [C]トンネル [D]ハンドル
5. [A]いちいち [B]おのおの [CJめいめい [D]それぞれ
6. [A]黙っていては [B]黙っていれば [C]黙っていても [D]黙っていると
2014年日i吾試題第 1両(共14両)7. [A]から [B]には [C]では [D]まで
8. [A]気があった [B]気がついた [C]気がきいた [D]気がぬけた
9. [A]感情 [B]感想 [C]感触 [D]感覚
10.[A]につれて [B]にとって [C]によって [D]に従って
11.[A]きっと [B]かならず [C]さすがに [D]たしかに
12.文中の「はっと」の解釈に当たるものはどれか。
[A]どんな場合でも自信がある様子
[B]思いがけない事で大変驚く様子
[C]緊張したりして大変慌てる様子
[D]得をしたと思って大変喜ぶ様子
l3.文中の「日本を離れて」の「生」と同じ使い方のものはどれか。
[A]大学院に入ること生目標として、一生懸命に勉強した。
[B]課長はさっさと仕事を片付けて、成田空港に向かった。
[C]電車の中ですりに財布之盗まれてたいへん困っていた。
[D]先生は夕方の新幹線で東京駅生たって大阪へ向かった。
14.文中の「自分でも感心した」の「でも」と同じ使い方のものはどれか。
[A]友人からケーキでも食べに行こうかというメールが届いた。
[B]ドイツの地図なら本屋ごふ行ってみたら売っていると思う。
[C]パンでもサンドイッチでも秘書に少し買ってもらえばいい。
[D]放送局のアナウンサーでもその字の読み方をよく間違える。
15.文中の「葬られていた」の「(ら)れる」と同じ使い方のものはどれか。
[A] この野菜は生では食べら~ないと店の人が言っていた。
[B]鎖国時代は日本人は自由に外国に出丘れなかったのだ。
[C]経済の発展は政治の影響を受けやすいとよく言わ払る。
[D] 大野先生はとうとう大学の仕事を辞め立~てしまった。
16.文中の「泳ぎながら」の「ながら」と同じ使い方のものはどれか。
[A]このパソコンは小型ながら性能がかなりすばらしい。
[B]タバコを吸いながら運転することは禁止されている。
[C]彼は事実を知っていながら、知らないと硬く言った。
[D]残念ながら、明日の歓迎パーティーに出席できない。
17.文中の「目にする」の意味に近いものはどれか。
[A]見かける [B]見つける [C]見わたす [D]見まわす
18.文中の「死んだりしていたら」の「仁ら」と同じ使い方のものはどれか。
[A]ラーメンを食べに行っこ上、いつもの店が閉まっていた。
[B]上野の美術館に行っこ上ー、子供時代の友だちに出会った。
[C]あのとき病院に行ったら、手遅れにならなかっただろう。
[D]子供の卒業式に出席したら、大学時代の先生も来ていた。
19.文中の「適応」の読み方はどれか。
[A]てつのう [B]てつおう [C]てきのう [D]てきおう
2014年日i吾試題第2両(共14珂)20.文中の「腿」の読み方はどれか。
[A]ひじ [B]ひざ [C]うで [C]もも
II.読解(55点)
A.次の文章の[一][二][三][四]を読んで、21(cid:631) 40の問いに答えなさい。答えは選択肢[A]
[BJ [CJ [D]からもっとも適切なものを 1つ選びなさい。 (2点X20=40点)
[-]
人間の一生は長い。長い一生に、まるで重荷を負って山を登るようである。だから、事業や
恋なんかの蹟きに心が傷ついて苦しんでいる時、仕事のストレスがたまってそれに潰されそ
うな時、何かの望みを遂げられずその失望に悩んでいる時、自分の無力さ、気弱さを痛感させ
られるだろう。にもかかわらず、われわれはそんな時、たいていいろいろと過ぎ去った自分を
よく反省したり、みずから心の傷を祇めながら苦しいどん底から抜け出して、再出発の道を探
りだす。また時には、自分の弱さに直面して、「もっと強くなりたい」、「弱さに負けない強さ
を身につけたい」と、きっとこう思うのだろう。
しかし、強さとは、いったいなんだろう。
本当に強いとは、どういうことだろう。
世の中には一見「強そうな人」がたくさんいるが、その強さは果たして本物だろうか。わた
しがここでわざわざこんなことを言い出したのは、強さには本物の強さと偽物の強さがある
と考えるからだ。
(ア)、頑丈で筋力のある、見るからに退しく強そうな男性がいたとしよう。彼は絶えず努
力して自らの体を鍛え、強い自分を手に入れた。しかし、もし彼がその筋力にものをいわせ
て妻や恋人や周囲の人を、自分の思うままに支配していたとしたら、その強さは本物の強さ
といえるだろうか。いや、その強さは表面的なものに過ぎず、むしろ彼の内面の弱さを偽装す
る道具でしかない。弱さの象徴とさえいえるだろう。
あるいは、どんな時も愚痴をこぼさず、泣き言を一度も口にせず、弱みをどうしても見せな
い人がいる。他人の目には、とても強い人と映るし、本人もまた、自分は強い人間だと自負し
ている。ところが、そんな人に限って、ちょっとしたことで心や体の病気になってしまうこと
がある。
自分の弱さを直視せず、それに蓋をしたまま強い自分を演じ続け、ある時疲れ果ててポッキ
リ折れてしまうのだ。そのような人は、われわれの周りにはよく見られるのではなかろうか。
ただ強くなればいいというものではない。長い人生にとっては、強さの中身が重要なのだ。
本当に強くなりたいーもしあなたが心の底からそう思うなら、本当の強さとはどんなもの
かを、まずはきちんと知っておく必要があるだろう。
21.文中で「本当に強い」と思われる人は、どのような人か。
[A]病気の時の苦しさと無力さを痛感し、普段から体を鍛えている人
[B]どんな時も愚痴をこぼさず、皆の前で自分の弱みを隠している人
[C]何でも腕力に訴え、家族やまわりの人を思うままに支配できる人
2014年日i吾試題第 3珂(共14酉)[D]表面的な強さを周りの人に誇示せず、自分の弱さを直視できる人
22.文中の(ア)に入れるものはどれか。
[A]または [B]だから [C]たとえば [C]ところが
23.文中に「その強さ」とあるが、それはどのようなものか。
[A]それは周りの世界を実際に左右できる真の強さそのものである。
[B]それはあらゆる弱さが排除された本質的な強さの表われである。
[C]それは人と付き合う時偽装を除去できる内的な強さの表われである。
[D]それば心の本質的な弱さをかくすための偽りの強さそのものである。
24.文中の「ちょっとしたことで心や体の病気になってしまう」のはなぜか。
[A]自分は筋力のある体の強い人間だと自負して、頑張りすぎたから
[B]泣くのをずっと我慢していて、そのストレスがたまりすぎたから
[C]本当は弱いところがあるのに、人の前で強い自分を演じ続けていたから
[D]いつも勝手に他人を支配していたため、みんなから強く反発されたから
25.この文章の内容に合っているものはどれか。
[A]いかなる時も泣き言を口にしない人間こそ、ほんとうに強い人間である。
[B]強い人間でも何かに失望しで悩んでいる時、気弱さを感じることがある。
[C]事業や恋愛などで失敗した人間は、その時自分の弱さに直面したがらない。
[D]どんな時も愚痴をこぼさない人間は、私たちの周りにはあまり見られない。
[二]
日本人と遊びというテーマを取り上げたからには、祭りにふれないわけにはいかない。
祭りは「日本人の心のふるさと」といわれる。そこには、先祖と土地とが結ばれたムラの生
活のなっかしい匂いがある。祭りは本来は農耕村落でのものだった。豊作の祈願、収穫への
感謝など祭りは地域性と季節性をもっていた。その意味では、祭りは何よりも農耕社会にこ
そふさわしいものであった。
(ア)、今では団地の祭りを含めて、祭りは都市にも確実によみがえっている。都市部では、
形を変え、内容を変えながら、祭りはいっそう盛んになった。豪華な飾り付けが呼びものにな
り、非常に多くの観光客が集まる。
ここでの祭りは、村祭りと違って、演ずる者と見る者とに分かれる。見る者は観光客として
の役割を受けもち、演ずる者はプロとしての演技をくり広げる。山車や神輿をかつぐものの
中には、その地域の人でなくプロの人間もいる。
こうなると祭りは観光業となり、商品になる。ここでは人出と観光客の落とすおカネを強
く期待する。祭りは祭典となり、催しという言葉に置きかえたほうがびったりする。
商店街の季節ごとの大売出し、観光地の観光祭りなどでは、本来の祭りのもつ懐かしい匂い
はまるでない。そして、大規模化の行きっくところは、万国博覧会であり、オリンピックで
ある。
国や行政の側が、このような「現代の祭り」に力を入れるのには、それなりの意味がある。
一つは、祭りによって住民の連帯を生むことで、地域や社会への関心を高めること。もう一つ
は、人々の不満解消だ。人々をお祭り気分にひき込み、熱狂の中で国や社会に対する不満のエ
2014年日活試題第 4爽(共14珂)ネルギーを消耗させる。いつのまにか「ガス抜き」するのである。
こうして、新しい祭りがどんどんふえていく。ムラの祭りが活気を失い、衰える道をたどっ
ているのに対して、都市部や近郊の新しい都市で、祭りが盛んになる。ここでは、演じものは
規模が大きくて華やかなものだが、そのくせ底が浅い。
それでも、祭りに人々が集まるのは、都市の住民にとって、機械化された管理社会の単調さ
を打ち破る非日常性への参加であり、そのことで生活の圧迫感から逃れることができるか
らだ。
「祭りに似たチャンスは、若い世代の場合、週末ごとにおとずれる。暴走族と呼ばれる若者
たちの行動や、原宿に集まる日曜ごとの竹の子族、ロックンロール(揺漆的族の集まりも、彼ら
にとっては毎週末の行事であり祭りである。また、季節ごとのスポーツも彼らにとって祭り
としての心理的な意味をもっている」と、最近の若者たちの祭り好きについて言っている学
者もいる。
26.文中に「祭りにふれないわけにはいかない」とあるが、それはなぜか。
[A]祭りは日本人の心のふるさとだと言われるほど大事なものだから
[B]祭りはいつもムラの生活のにおいが漂っている農村のものだから
[C]祭りは地域性と季節性のある遊びと関係の薄い重要な行事だから
[D]祭りは何よりも農耕社会にふさわしい殆ど変化しないものだから
27.文中の(ア)に入れるものはどれか。
[A]ところが [B]そのため [C]ならびに [D]すなわち
28.文中の「それなりの意味がある」とは、どういうことか。
[A]オリンピックや万国博覧会などによって、地域の観光業を振興すること
[B]住民の地域や社会に対する関心を高め、その不満解消が実現できること
[C]現代の祭りの名目下で大売出しを実現し、ムラの活気回復ができること
[D]都市の住民に対する管理を強化し、地域の祭りに尽力してもらえること
29.文中に「底が浅い」とあるが、それはなぜか。
[A]祭りは人々の国や社会に対する不満などをうまく反映していないから
[B]祭りの本来持つべきなっかしい匂いなどがほとんど感じられないから
[C]住民がまったく参加しないし、観光客もたいして興味を示さないから
[D]演ずる者の演技が極めて下手で、祭りの内容が表現されていないから
30.この文章の内容に合っているものはどれか。
[A]新しい祭りの成功した経験を用いてムラの祭りの活気を取りもどすべきである。
[B]都市の住民は生活の圧迫感から逃れるためにムラの祭りの観光に行くのである。
[C]スポーツ祭典は祭りとしての心理的な意味があるから若者に喜ばれるのである。
[D]都市の祭りが商品になった根源は農耕時代の収穫への感謝とふかい関係がある。
[三]
機械文明の進展につれて、それと既存の社会制度との間に、幾多の食い違いや矛盾が発生し
ている。しかし、しばしば文明の危機などと呼ばれる現代の問題は、ひとり既存の制度が跛行
2014年日i吾試題第 5寅(共14酉)状態を示してきたという点にとどまらない。もしそれだけならば、われわれは、制度を新し
い状況に適応するよう適宜改変していけばよいということになろう。自然科学者の中には、
このような楽観論を語る人もいる。しかし、既存の制度がどういう点で今日のテクノロジ一
の進展状況と食い違い、また、土立だどう変えればよいかという点を少し検討してみると、制
度の危機のより根本に、人間そのものの危機、文化の危機が潜在していることに気づかされ
る。われわれは、そのことを考えてみる必要があろう。
今日の機械文明は、これまで人間が幸福という名で呼んできたものの実体を激しく揺さぶ
っている。近代ヨーロッパにあって、幸福とは本来、文化と緊密に結びついてきた概念であっ
た。 「文化の価値を評価する場合に、その基準は、いつも幸福である。」と、J ·H編の『宗教•倫
理学百科事典』にも書かれてあるが、それによると、動物性と人間性、技術と文化などが区別
される場合の規準も、幸福にあったのである。そして、このことも、同じく 18世紀にあって、
啓蒙主義と、それを完成しながら超越的原理へと高めたドイツの哲学者カントの『判断力批
判』によってもたらされた思考であった。もちろん、すでに18世紀にも、人間が自然から離れ
て文化へと向かったことが不幸と不正の因であると考えて「自然に帰れ」と叫んだルソーの
ような人も、例外的には存在した。しかし、一般には、野蛮から文化への移行、さらにその文化
の増大と進歩が(ア)人間の幸福の増進であるという思考法が、この時代に常識として出来
上がったのである。
ところが、今日の機械化の異常な進化は、そういう文化と幸福の等式の成立を危うくさせる
に至っている。文明がテクノロジーヘと転質した機械時代の今日、そのような事態を単に文
明と呼ばずに、その語の上に非情な機械という名をかぶせて機械文明と呼ぶのは、実は、その
機械の非「青性がすでにこれまで文化と呼ばれてきたものの内容をも食い荒らし(蚕食)つつある
わけである。そして、文化の中身が食い荒らされれば、それにつれて文化イコール幸福という
等式が崩れ、幸福とは何かというその実体が激しく揺さぶられてくるのも、理の当然である。
31.文中の「それ」は、何を指しているか。
[A]既存の制度 [B]文明の危機
[C]機械文明との矛盾 [D]テクノロジーの進展状況
32.文中に「これまで人間が幸福という名で呼んできたもの」とあるが、この「室福」につい
て、筆者の考えに合わないものはどれか。
[A]幸福は技術と文化を区別する規準である。
[B]幸福は人間と自然を区別するものである。
[C]幸福は動物性と人間性を区別する規準である。
[D]幸福は文化と緊密に結びついている概念である。
33.文中の(ア)に入れるものはどれか。
[A]または [B]たとえば [C]すなわち [D]あるいは
34.文中に「文化イコール幸福という等式が崩れ」とあるが、それはなぜか。
[A]人間が文化から離れて自然へと向かいつつあるから
[B]文明がテクノロジーヘと転質し、文化の中身も変わったから
[C]機械文明が進めば進むほど、幸福の意味が深まってきたから
2014年日活試題第 6珂(共14珂)[D]機械文明と文化との結びつきがさらに緊密になってきたから
35.この文章で筆者がもっとも言いたいことはどれか。
[A]機械文明が発達している今日では、幸福の実体が揺さぶられている。
[B]人間が自然から離れて文化へと向かったことが不幸と不正の因である。
[C]文化の価値を評価する基準は、いつも文化と緊密に結びついた幸福である。
[D]制度の危機の根本には、人間そのものの危機、文化の危機が潜在している。
[四]
現代的な生活はたいへん忙しく、心の緊張をひどく要求する。朝夕のラッシュの時間はも
ちろんのこと家に帰り着いてからも、細く分断された無秩序の番組が続くテレビを見なくて
はいられぬように仕組まれている。こうした毎日の生活というものをあらためて気づいてみ
ると、私たちの日常はなんと「刺激=反応」の生活だろうと思われ、そしてなんと「刺激=無反
応」の生活だろうとおどろいてしまう。そうした刺激的な緊張と煩わしさのなかにいなが
ら、実は、私たちの心はきわめて退屈しているようだ。
退屈といえば、することがなくて時間を持て余すどろりとした気分のことだと思うけれど
も、現代の退屈はちょうどそれの裏返しで、することが一杯詰まっていて時間の経過に気づか
ないような忙しさのなかで発生する。本当に奇妙なことだ。私たちの心は絶え間ない刺激の
なかで張りつめられ、すばしこく動き回り、それでいて同時に私たちの心は退屈し、生きるこ
とにあきている。
こうした生活では生きがいがないとだれでも感じるけれども、この生きがいのなさという
ものをよく見つめてみると、生きているに値するだけの値打ちがないという感じよりも、上生
きている実感」がないということらしい。人間の眼は前にむいてつき、足は前へ歩くように
できているが、実際自分が生きているという実感は、姿勢が前むきで、自分の足で前へ進んで
いるときに生まれるものなのである。
けれども近ごろの私たちの毎日には「自分からする」うごきが乏しい。朝、六時半になると
機械にまけぬほど正確に意識がかえり、きまった時刻に駅について電車につみこまれ、職場へ
はこばれる。タイムレコーダー(考勤机)があり、点呼があるだろう。一日の勤めのあと、もう一
度タイムレコーダーの前に立ち、そして電車に積み込まれ、家に運ばれる。
こんなぐあいで毎日毎日の生活に生の重みというものがなくなってしまったからこそ、今
の若い人たちは、型にはまった日常の世界からぬけだして、ヒマラヤの奥地やアンデス(安第斯)
の山岳地帯でもって重みのある生存感を確かめようとするのだろう。
これほどの遠い土地でなくて内地にしたところが、まだ、バスの乗り入れていない山境へ出
掛けるとなると、まず自分で企画し、物質を整え、運ばなくてはならない。そして自分の足で
一歩一歩自分をひきあげることが必要だし、不測の災難に出遭ったら、洞察力と意志的な生活
と、あらゆる「自分の」力で立ち向かわなくてはならない。今日は楽をしたいから隣のデスク
に仕事をたのんで、そのかわりあした天気が回復したら出発するーというわけにはいかな
い。一切が自分にかかっている。そこには文字どおり充実した自分と、重みのある実在の世
界が向かいあっているのだ。
2014年日i吾試題第7商(共14珂)36.文中の「刺激=無反応」の意味はどれか。
[A]日常生活からの刺激に対して反応を示しても退屈さが消えない。
[B]日常生活からの刺激に対して反応する意欲と情熱を失っている。
[C]日常生活からの刺激に対して反応を示しても緊張緩和ができない。
[D]日常生活からの刺激に対して反応する時間と余裕を無くしている。
37.文中に「現代の退屈」とあるが、それはどのようなものか。
[A]内容の充実したテレビ番組が山ほどあるが、皆つまらないと言って見もしない。
[B]家庭生活の煩わしさに悩まされる人が多く、刺激されても一切反応を見せない。
[C]毎日することが一杯あってたいへん忙しいが、充実感をまったく感じられない。
[D]時間をかけて電車による通勤をしているが、その移動の意味を全く見出せない。
38.文中に「『生きている実感』がない」とあるが、その原因は何か。
[A]「自分からする」ことが非常に不足しているから
[B]通勤などの移動はいつも電車を利用しているから
[C]時間がいっぱいあるのにすることがあまりないから
[D]人間の身体構造が現代社会のテンポと合わないから
39.文中の「生の重み」を求めるには、筆者は何が一番重要だと考えているか。
[A]仕事の企画等はなるべく他人に頼んで自分を楽にすること
[B]現代の退屈の原因を見直した上その本質を再認識すること
[C]忙しさと心の緊張から逃れるために適当に仕事をすること
[D]実体験などを通じて生きている実感を自分に持たせること
40.この文章の内容に合っているものはどれか。
[A]日常生活の刺激に対して反応を示す人の数がよほど多いとは奇妙なことだ。
[B]機械に頼りすぎた現代の人間の身体機能に変化がないのはいけないことだ。
[C]退屈な日常の世界から脱出して重みのある実在の世界を求めるのが大切だ。
[D]型にはまった日常の世界は生の重みや生きがいが感じやすい実在の世界だ。
B.次の文章の下線のついた部分を中国語に訳しなさい。 (3点X5=15点)
大学教育の無機能化はますます深刻に、学生の間には大学への無関心と学習意欲の低下が、
教授たちの間には危機感と無力感が、異様なまでに広がっている。私は、学部教育を日本で受
け、フランスでの大学教育を経験した後、アメリカの大学で博士課程を修了した。そして今、
日本の大学で教鞭を執るが、日本の大学教育がいかに形骸化しているかを痛感した。
41.この閉塞‘‘況から脱するために私は「 #実践の根本的変革を提 したい #の
制度革だけでは 土の再生は到底望めないと考えるからだ 「 #実践 革の根本は「大
学は考える力を 成する場である という極当たり前のノ、 jlに立ち戻ることである
「考える教育」は、学生が積極的に参加する教育である。それは、講義中心の授業から、学生
中心の学習活動への移行である。教授が「知」の伝達者として一方的に講義し、学生は単に教
室に座りノートを取って終わりというやり方は、学制を受動的にし、若い才能の想像力の芽
を摘み取り、エネルギーと溌剌さを奪ってしまう。 42.大学は、「既存の知識Jの伝達ではな
2014年日悟試題第 8商(共14商)く、既存の「知」を分析し、建設的に批判しそして新しい「知」の創造活動が展開される場あ
るいは「知の創造のプロセスに参加する能力を養う場であるべきなのである。
このような教育の可能性は「読む」「書く」「ディスカッション」を中心にした教育によって
はじめて開かれる。 「読む」「書く」ことは、「講義」を超えて、新しい考えに触れ、それを分析
し思考するプロセスである。 「ディスカッション」は自分の意見の表明であり、同時に他人の
意見の尊重である。 43.学生一人一人が「知」の創造のプロセスに加わることを通して受動
性、無気力を脱し、自己を取り巻く世界との 極的なかかわり合いの中で自己の存在感自己
への自信を獲得するとともに、他者への配慮と宇壬を呂ぶことが可能となるだろう。
「知」の創造のプロセスに参加する教育にとって、教室は、そこに参加する教授と学生が作
る知的刺激に満ちた共同体でなければならない。 44.授業をより有意義なものにする努力は、
教授と学生両者の共同の参与にかかっている 参与とは地 社会であれ社会的運動であれ
大学であれ授業であれ、自分の属する共同体や人間関係に重要な意 を認めそこに羊壬ある
メンバーとして参加することを言う。
学生の主体的、積極的参加による考える教育の実践を通して、教育は学生にとって疎外的で
なくなる。今の日本では、伝統的価値の崩壊と「道徳」教育へのアレルギーの中で、新しい社
会的価値はまだ形成されていない。 45.このような価値不在のもとでは、一人一人が自己と他
者共同体との見係を考えながら自らの行動を選択していく能力を養成する教育こそが必要
である 従って「考える教土」は大学だけでなく小学校からの基本的 ギ活動としても取
り入れられるべきであると思う。
皿作文(25点)
46.次の指示にしたがって、450字〜 500字の作文を書きなさい。
私たちの周りでは、自分の家や車を持っている人がどんどん増えており、豊かになったよう
だが、それは本当の豊かさと言えるだろうか。あなたの考えを作文に書きなさい。
注意:①漢字を使うべきところは漢字を使うこと
②「だ•である」体で書くこと
2014年日i吾試題第 9炭(共14珂)